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デザイナーズ・リレーインタビュー Vol.3【後編】 {%%CMS_special6%%}Profile
■どのようにして服作りのモチベーションを保たれているのですか?
  
 よく食べ、よく寝ています。嫌なことを忘れてリフレッシュすれば、また頑張ろうと思えるんです。
 
 デザインを楽しむためには、発想を生かし、こだわるポイントを一つだけ取り入れるようにしています。どこにでもあるものは、わざわざ作らなくてもいいでしょう。ポイントを決めたらほかの余分な要素はそぎ落としていきます。手足は二本、胴は一つ。難しく考える必要はないと思います。難しい服を着て素敵な人はいませんから。素敵な女性像を思い描いて、その人の動きや雰囲気からデザインを考えることもあります。どんな色が似合うのだろう、どんな仕草をするのだろうと考えて形にしていく。するとその人の理想に叶ったデザインができ上がります。


■パリコレ終了後はどのように過ごされていらっしゃいますか。
 
 服を作っているときは本当に楽しいんでいます。どんな形にしようか、あれこれ想像しながら手を動かせるから。でも発表が終わると、たくさんの後悔や反省が思い浮かんでつらいので、ファッションのことは一切忘れてゴルフへ出掛けます。終わったことを悔いても仕方がないから、ページをめくって次のステップへいく準備をするんです。これが私なりの成長の仕方です。
■渡仏されてからのどんな経験が、今の自分に生かされていますか?
 
 最初に渡仏したのは25歳のとき。もう日本を離れて50年近く経ちます。その頃は怖いもの知らずで好奇心が強かったから、パリへの憧れだけで日本を飛び出してしまいました。当時は無我夢中で過ごしているうちに時が過ぎました。でも、一生懸命やっていたら、周りの人がいろいろなことを教えてくれて、夢への扉を開けてくれたんです。


■島田さんの好きな言葉を教えてください。

 「流れ」です。私は車で高速道路を走るのが大好き。あの時のように、流れに身をまかせているときの方がふっと幸運や良いアイデアがやってくるから。物事に期待しすぎず、ポジティブでいることが大切なんだと思います。これには、私の期待も入っていますが。いつでも明るく、楽しくしていられるわけじゃありませんから。枕を叩いて泣きじゃくることもあります。ただ、一歩一歩成長して、素敵なものを作れるようになっていきたいと思うのです。
PROFILE
島田 順子
JUNKO SHIMADA
1941年  千葉県館山市生まれ
1963年  杉野学園ドレスメーカー女学院デザイナー科卒業
1966年  渡仏
1968年  パリの百貨店"Printemps”の研究室に入る
1970年  スタイリングとパブリケーションの二部門を持つデザイナー集団"Mafia”へ入社
1975年  キャシャレル社へ入社 同社、子供、紳士、婦人服のチーフデザイナー歴任
1981年  パリに"JUNKO SHIMADA DESIGN STUDIO”設立 パリと東京にて初のコレクションを発表
1988年  東京に"ジュンコシマダインターナショナル(株)"を設立
1996年  日本ファッションエディターズクラブデザイナー賞 (FECJ)受賞
2011年  パリコレクション60回目、ブランド設立30周年を迎える 島田順子スタイル(マガジンハウス)発売

2012年  フランスの芸術文化勲章"シュヴァリエ"受賞
2013年  東京2020オリンピック・パラリンピック招致ユニフォーム監修

現在パリ在住。